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fairyism備忘録

現状のところ、人類史および日本への拡散について管理者が学習してゆくブログです。

ヒトとチンパンジーの分岐年代を推定した方法

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ヒトとチンパンジーの分岐年代を推定した方法

分子進化-解析の技法とその応用- 宮田隆 編 共立出版(1998)を読んでいて、ヒトとチンパンジーの分岐年代を推定した方法が細かく説明されていたのでノート。

 ここに紹介されていたのは、かの宝来聰先生の研究であり、
The recent African origin of modern humans revealed by complete sequences of hominoid mitochondrial DNAs
Proc Natl Acad Sci 92:532(1995) です。
 ヒト(ヨーロッパ人・日本人・アフリカ人)、チンパンジー、ピグミーチンパンジー(ボノボ)、ゴリラ、オランウータンのミトコンドリアDNAの全配列を解読し、D領域・RNA領域・同義置換・非同義置換、の坐位それぞれにつき変異数の検討を行っています。
 ヒトmtDNAは13個のタンパク質(というかmRNA)と24個のRNA(22個のtRNAと2個のrRNA)をコードしており、なにもコードしていないごくわずかな領域がD領域です。D領域は他の部位より変異が早いことが知られています。ちなみにintron(mRNAコード部に含まれる、タンパク質をコードしない、いわば余計な部分)はありません。
 DNA配列の転写因子結合部位に転写因子が結合すると、その部位からDNA情報がmRNAに転写されていきます。転写されたmRNAの情報をもとに、タンパク質が合成されます。つまり、環状になっているmtDNAから必要に応じて短いmRNAが転写され、それをもとにタンパク質が作られているのです。
 tRNAやrRNAはタンパク質に翻訳されず、RNAの形そのままで機能するため、配列にひとつでも変異があると機能変化に直結します。
 タンパク質をコードしている部分は、ヌクレオチド3つ組(コドン)でタンパク質ひとつに対応します。例えば、TCA→セリン、CGC→システイン、などです。このうち、一部(主に3番目)のヌクレオチドは変化しても翻訳されるタンパク質が変化しない場合があります。例えばTCAはTCTに変異しても翻訳されるタンパク質はセリンで変化しません。このような翻訳されるタンパク質に変化がないような変異を同義置換と呼びます。一方、TCAがTCGやACAやTGAに変化すると翻訳されるタンパク質が変化します。このような変異を非同義置換と呼びます。
 非同義置換は生産されるタンパク質が変異するため機能に直結する可能性が高く、基本的にはほとんどの変異がもともとのタンパク質の機能を損ねてしまい、生体に不利となり自然淘汰で排除されます。一方同義置換はタンパク質に変化がないため、変異は基本的にそのまま残ります。
 DNAの変異自体はどの部位においてもほぼ同じ頻度で起きていると思われますが、RNAコード部の変異および非同義置換はほとんどの場合生体に不利で、自然淘汰で変異が排除されます。その結果、RNAコード部の変異と非同義置換である変異は同義置換に比べて非常に数が少ないことが予想されます。

 さて、ヒト(日本人)とチンパンジーの間でmtDNAの変異はどのくらいあるでしょうか。これは全部で1302でした。意外に多いようにも思えます。ヒトmtDNAは16569bpですから、チンパンジーとの間ですでに8%程度の変異があるわけです。ちなみに日本人とヨーロッパ人の間では39、アフリカ人との間では81の変異がありました。
 これを、同義置換、非同義置換、RNAコード領域にわけてカウントし、それぞれの比を取ると、非同義置換数/同義置換数およびRNA領域置換数/同義置換数は、ヒト・チンパンジー・ボノボ・ゴリラまでの範囲ではほぼ一定で、もっとも古く分岐したと考えられるオランウータンにおいて、同義置換数が相対的にやや少な目になることがわかりました。これは同義置換数が多いため、オランウータンくらい遠縁になると多重変異(同一の箇所が複数回の変異をする)の影響が大きくなってくるためと考えられました(ちなみに同義置換数は非同義置換数の7倍、RNA領域置換数の6倍程度です)。
 非同義置換数/RNA領域置換数についてはオランウータンを含めほぼ一定でした。
 非同義置換数/RNA領域置換数の一定性が保たれていることから、これらの変異について進化速度一定を仮定して、それぞれの種間の遺伝的な距離を求め、それぞれの距離をもとにして系統樹(UPGMA系統樹)を作成しています。この系統樹からヒトともっとも近縁なのはチンパンジーとボノボで、ついでゴリラ、オランウータンの順であることがわかります。

 さて、これだけでは相対年代に過ぎません。これに年代を与えるためには化石年代が必要になります。
 ヒトの祖先と考えられているホモ・エレクトスやアウストラロピテクスは多数報告されていますが、チンパンジーの祖先の化石はほぼ見つかっていません。ヒトとチンパンジーの共通祖先も不明です。
 唯一、ラマピテクスが、類人猿の祖先として知られ、1982年の頭骨発見により、オランウータンの祖先であることがはっきりしています。これより古いケニアピテクスにはオランウータン的特徴はなく、この2種の年代から、オランウータンの分岐年代は1300万年前と推定されています(古くとも1600万年前以上には遡らない)。
 そこでオランウータンの分岐年代を1300万年前と仮定し、先ほどの系統樹にしたがってチンパンジーとの分岐を求めると、487±23万年前、と推測されるのです。

 487±23万年前、というのは非常に誤差範囲の小さな結果であり、mtDNA全領域を元にしているため、分子時計の速度をかなり精度良く求めることができたということを示しています。ところが、分子時計とはそもそも相対的なものであり、これに絶対年代を与えたラマピテクスの分岐年代は、1300-1600万年とそれなりの幅があるのです。もし1600万年前を採用するなら、ヒトとチンパンジーの分岐時期は599±28万年前、となります。
 今後、ラマピテクスの年代がより明確になったり、ヒトとチンパンジーの直接的な共通祖先がはっきりすれば年代はさらに絞り込めるとは思いますが、現状ではヒトとチンパンジーの分岐は、460~620万年前、ぐらいに広い可能性があるものと考えるべきかと思います。
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