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fairyism備忘録

現状のところ、人類史および日本への拡散について管理者が学習してゆくブログです。

mtDNA M8/C/Zのルートについて

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mtDNA M8/C/Zのルートについて

10万年全史によると、mtDNAのM8/C/Zはヒマラヤ山脈の西を通って中央アジアに入ったことになっている。
 10万年全史における、この説の根拠は、CとZはシベリアと北アジアでもっとも高い割合であること。インド・モンゴル・中央アジア・チベットを除きそれより南ではほとんど見られないこと。アジアのステップに広がり、トルコでも高い割合を示すこと。Cのモンゴルにおける年齢は42000年前にさかのぼる。ということであると思われる。
 しかし、Mの枝であるM8/C/Zがヒマラヤの西から中央アジア、というのは素直には受け入れがたい。Mはインドを境に東の方にほぼ限局しており、インドよりさらに西から北上するという可能性はたいへん低いように思われる。
 近年ではM8 C Zは東アジア系のハプログループと考えられている。

 M8 C Zの頻度を見てみると、

Phylogeographic Analysis of Mitohondrial DNA in Northern Asian Populations
Am J Hum Genet 81:1025(2007) によると
 C*およびC4 C5はTuvivians Evenks Yakutsを中心に北アジア一帯に合計で最大30-50%程度を占めている。Zも同様の分布だが2%程度。M8a2をKoreans Mongolians Khakassians Altaians-Kizhiに4-5%認めるがM8*は認められない。

Admixture, migrations, and dispersals in Central Asia: evidence from maternal DNA lineages
Eu J Hum Genet 12:495(2004)によると
 CZをKarakalpakにて20例中1例のみ認め、CはIranian Turkmen Bukharan-Arabs Uzbek Kazak Kyrgyz Dungan と中央アジア一帯に5-30%認め、ZはKarakalpakとKazakに1例ずつのみ認めた。またM8はUzbek Kyrgyz Uighurに1例ずつ認めた(M8のサブグループは不明)。

Where West Meets East: The Complex mtDNA Landscape of the Southwest and Central Asian Corridor
Am J Hum Genet 74:827(2004)によると
 CはHunzaBurusho Uzbek Turkmen Kurdish Shugnanと中央アジアにのみ2-20%認めるが、西アジア方面のパキスタン・アフガニスタン・イラン・グルジア・トルコには全く認められなかった。
 ZはHazarに13%と限局的に見られ、ほかではKaratiに1%見られるのみであった。
 Mは大きくまとめられてしまい、M8については不明であった。インダス渓谷より西にはマクロハプログループMについてはほとんど認めなかった。
 このように中央アジア、北アジアでC Z M8は認めるが、西インドから中央アジアへ至るルートである、パキスタン・アフガニスタンではC ZはおろかMハプログループについてもほとんど認めない、という結果であった。

 では、インド・南アジアではどうだろうか。
Updating Phylogeny of Mitochondrial DNA Macrohaplogroup M in India: Dispersal of Modern Human in South Asian Corridor
PLoS ONE 4:e7447(2009)によると
 インドのM8系については、DirangMonpa Gallong Lachungpa Lepcha SonowalKachari Wanchoo JenuKurubaと、南インドであるJenuKurubaを除き、東インドの南中国との国境付近に集中しており、その他には存在していない。しかし、これらのM8はTibeto-Burman語族にのみ限定しており、またインドでrootを深くたどれないことから、南中国からインドへ進出したものと考え得る。
 そして、インドの北東部を除き、M8は全く存在していない。

Mitchondrial DNA Diversity and Population Differentiation in Southern East Asia
Am J Phys Anthropol 134:481(2007)によると
 Cは雲南、海南島、広西チワン族自治区(Guanxi)、貴州(Guizhou)の少数民族にDaic語族(タイ・カダイ語族) Austro-Asiatic語族に関わらず広く見られ(3-20%)、Zは同地域のDaicに限定して見られ(2-8%)、M8*は海南島および貴州のDaicに2-6%見られ、M8aはDaicを中心に、海南島とベトナムの一部を含む南中国方面に広く見られる。
 
 M8がインド全域でほぼ欠如していることを考えると、M8がインド由来とは思われない。M8の深い枝であるM8*については、南中国が中心であり、M8は南中国で誕生した可能性が高いと思われる。
 Mitochondrial Genome Variation in Eastern Asia and the Peopling of Japan (Genome Res 14:1832(2004))によると、M8aの多様性は韓国・南中国で一番高く東中国と台湾がそれにつぎ、Cの多様性は韓国がもっとも高く、中央アジア・北中国がそれにつぐ。
 Origin and Post-Glacial Dispersal of Mitochondrial DNA Haplogroups C and D in Northern Asia (PLoS ONE 5:e15214(2010))においても、Cのもっとも古い枝は東アジアにあることが示されている。

 以上より、M8 C Zがヒマラヤの西を回るルートを通ったというのは、否定的であると考える。
 M8はM*が南ルートから南中国に入ってから分岐したと考えられ、その後のルートは、中国東岸(M8a分岐?)→北中国・朝鮮半島(C分岐?)→南シベリア・北中国→中央アジア と追うことが可能と思われる。そして、そこから一部は東ヨーロッパまで到達している。
 M8の分岐は、Updating Phylogeny of Mitochondrial DNA Macrohaplogroup M in India: Dispersal of Modern Human in South Asian Corridor によると、91000±15000年前、と非常に古い値を示す(同じ報告のM全体より古い値になってしまう)。Mitochondrial Genome Variation in Eastern Asia and the Peopling of Japan では34000±10000年と報告される。
 M8はまずM8aおよびCZと分岐し、CZはすぐCとZに分岐している。
 42000年前にさかのぼる南シベリアの植民が、このようにM8-Cによって行われたとすれば、M8が分岐したのは42000年前よりさらに以前、おそらくは南中国において、である。ただし、一般的な報告でいえば、M8よりさらにBとFは古いと考えられている。
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