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fairyism備忘録

現状のところ、人類史および日本への拡散について管理者が学習してゆくブログです。

言語の起源~ネアンデルタールの言語能力を再考する、を読んでみる(後編)

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言語の起源~ネアンデルタールの言語能力を再考する、を読んでみる(後編)

前回の続きです。

 この論文[1]では、言語の発祥を従来推定されていたより10倍程度古い、100万年前ころとし、エレクトスがハイデルベルゲンシスになる過程で起きたものと推定しています。その後はサピエンス、ネアンデルタール、デニソワにおいて生物学的および文化的な差が生まれましたが、それは言語能力に関して決定的な差ではないと主張しています。
 彼らは結論(consequence)で、根拠を5項目にまとめて示しています。

1)発声と言語の共進化
 単一の遺伝子変化による飛躍的な言語の進化は、今日ではすでに受け入れられません。言語に関わる遺伝子は多数あり、細かい変化の積み重ねによって漸進的に進化してきたことは明らかです。このような変化は現在も続いています。
 PinkerとBloomは言語を自然選択によっておこった遺伝子的な適応的進化であるとしましたが、これだけで最近50000年におきた急激な言語の変化を説明することは困難です。
 言語は文化的に進化し、進化した言語により、それにふさわしい有利な遺伝子が選択されます。このように言語と発声や聴覚の遺伝子は共進化する関係にあります。エレクトスからハイデルベルゲンシスの間においては発声と聴覚において明らかに速い進化が見られ、言語との共進化があったことが推測されます。
 一方旧人のDNAの解析からは、ここ数十万年は劇的な変化は起こっていないと考えられます。サピエンスと既知の2つの姉妹種は言語に関わるDNAにおいて、差がある部分もアリルの一部は共有しており、差が固定(fix)しないほどの軽微な差がほとんどです。
 他者の動きを自動的に理解するミラーニューロンの発見により、ヒトの言語が手話やジェスチャーから進化したという説が一般的になりました。加えて、CallとTomaselloはサルのジェスチャーは意図的なコミュニケーションにみられ、発声はより反射的なものであると指摘しています。しかしながら、純粋なジェスチャーのコミュニケーションは少なくとも100万年前の初期のエレクトスのころまでさかのぼるべきです。手をコミュニケーションの道具として適応が進んだ証拠は何もありませんが、声を発語に変えた適応はエレクトス以後に多数みられるからです。現代のヒトのコミュニーションはジェスチャーと発声のミックスであり、これは単一のシステムです。手話が自然発生するのは、手と口が統合したシステムであることの証拠です。

2)前適応
 言語の前提となった適応を明らかにする試みはこれまで盛んに行われてきました。協力本能はそのひとつであり、共同行為により道具制作文化の伝承が行われたことは遺跡からも確認できます。共同行為を基盤とした言語的慣習は、言語の構造よりも根本的なものと思われ、言語の初期段階からあったものと推測されます。
 言語に関する認知機能は神経認知学によって細分化され、それは前適応の多くを明らかにしました。発声が複雑化したのはより後期のことであり、音韻・文法・語彙などもっとも複雑な部分は最後に進化したと考えられます。
 既存の言語から文化的な共通祖先をもたないものを比較検討することにより、言語構造よりさらに深いレベルにある共通の遺伝的基盤についての研究が行われています。このような研究からは、従来よく言われたような遺伝子的に規定された普遍文法ではなく、遺伝子的な影響を受けた動機や状況が蓄積することで共通の文化的基盤が生まれ、それが言語にも転用される、というかたちが見えてきます。
 この論文では言語の起源を従来の10倍程度古いとしましたが、それでもなお50万年という時間は進化のタイムスケールとしてはほんの一瞬にすぎません。コウモリや鳥の鳴き声の進化には5000万年以上の時間がかかっています。きわめて急速に進化したヒトの言語は、認知や神経構造における前適応が、やや拙速に統合したものだというべきでしょう。
 
3)集団遺伝学と言語分布
 集団の遺伝解析と言語の分布には広く認められる関係があると考えられます。脳の成長と発達に関わるASPMとMicrocephalinは声調言語(tone language)と関連があることが示されており、集団の遺伝的傾向が文化を誘導し、それによって言語の形式が作られる一つの事例であろうと思われます。非声調言語(non-tonal language)と関連するバリアント(遺伝子のバリエーション)はネアンデルタールには見られず、このことからネアンデルタールは声調言語を話していたと推測されます。
 集団の遺伝的傾向が文化を誘導したという事例は、言語の進化において多数見つかると思われます。このような遺伝子は発語に関わるものから見つかることが期待されますが、研究はまだほとんどありません。しかしながら、古DNA解析を含めて発声と言語の遺伝子的な関連を調べることは、古代に実際に話されていた言語を推測するのに有力な手段だと思われます。

4)新しい手法による言語歴史学
 言語の歴史をさかのぼるには、言語の歴史をこれまで以上に深く追究できる新しい手法が必要になると思われます。これまで行われていた、語彙を比較して変遷をたどる方法では、10000年前までがさかのぼれる限界だとされます。言語の構造的な特徴は語彙よりも変化しにくく、そのためそれ以上にさかのぼれる可能性があります。構造的な特徴は語族全体を包括的に解析して得られるもので、ひとつの特徴が変化するのに数千年はかかり、いくつかの特徴を比較することでより深い言語の関連を明らかにすることができます。このような解析的な技法で、10000年以上さかのぼり、ベーリング海峡を越えて北東ユーラシアとアメリカの言語の関連が明らかにされています。また同様の方法で更新世までさかのぼり、メラネシアとサフル大陸の言語の関連が明らかになっています。

5)現在の言語の多様性
 世界の言語の多様性が高いのは、言語の起源が古いためであると、この論文では考えています。言語の多様性に対し、伝統的に普遍文法や言語の本質的な制約を求める試みが行われてきました。最近の言語構造解析からは、構造的な特徴が変化するのに一万年単位の長い時間がかかることが示されています。標準的には、出アフリカは5~70000年前のことで非常に少ない人数で行われたとされており、そうであれば文化的なボトルネックがありごく一握りの言語が伝えられたに過ぎないと思われます。現在の言語がすべてこの一握りの言語から生まれたとすれば、現在の多様な言語をすべて入れるほどの設計空間はできません。インド-ヨーロピアン語族などは9000年前までさかのぼることが可能です。しかし、このような解析が6、7回行われれば大拡散の時代にたどりつき、すべての言語の歴史的関連が明らかになり、普遍言語が定まる、という考えは、言語の広がりに対して無関心にすぎると思われます。
 いくつかの語族はかなり変化しづらく、現在の言語の広がりをすべて説明するのは困難なように思われます。しかし、もしアフリカを出たサピエンスが各地でネアンデルタールやデニソワと交流していたのなら、言語の多様性を説明できるかもしれません。この考えでは、現在の言語の起源は50万年前ほどに設定されることになり、アフリカにおいても50万年かけて言語が進化してきたことになります。

 ネアンデルタールとデニソワはサピエンスと交流し、文化的な影響を受けたと考えられます。10万年前のレバント、その後のユーラシアなど、各地で接触はあり、物質的に見れば多くはサピエンスから彼らへの文化的流入でした。しかし、彼らも北方で暮らすためのあらゆるノウハウや文化があったはずです。この見地から、言語について4つのシナリオが考えられます。
1)言語の交替~サピエンスは自分たちの言語ではなくネアンデルタールの言語を話すようになった。
 これは、サピエンスの文化の方が優れていたことを考えるとありそうもない仮定です。アフリカとその他地域に明らかな言語的な断絶は見られないため、可能性はまず考えられません。
2)言語の絶滅~ネアンデルタールの言語は絶滅し彼らもサピエンスの言語を話すようになった。
 この場合、アフリカとその他地域で言語の断絶がまったく見られないことになります。また、この説をとれば、現在の言語の多様性は説明できないことになると思われます。
3)ピジン化~ネアンデルタールとサピエンスの言語が混ざり急激な単純化ののちに新規の言語が誕生した。
 ピジン化は植民地と急速に進んだ交易において認められます。2つの対等なグループが急激に混合した場合、2つの言語は分解され新規の言語ができます。しかしピジン化は狩猟採集民族の疎な関係では認められず、考古学的に急速な混合があったとは思われないネアンデルタールにもなかった可能性が高いと考えられます。
4)弱い関係の持続~語彙や言語構造のゆるやかな変化が起きた。
 この論文ではこのシナリオがもっともありえると考えます。ネアンデルタールとサピエンスは長期にわたって接触がありました。技術や道具の多くはサピエンスからネアンデルタールに伝えられ、おそらく言語の伝達も同様の傾向があったと思われます。しかしメラシネアの例などで考えると、文化と言語が別々の方向で伝達されることも時折見られることです。ネアンデルタールはアフリカの外に適応するため、物質的、非物質的両面において相当数の文化を作り出したはずで、言語構造などを含め言語においてサピエンスに伝えられるものをそれなりに持っていたと思われます。
 
 これらのシナリオに関わる考古学的な証拠はすでにいくつかあります。しかし、もっと直接的に検証するなら、アフリカとそれ以外の地域の言語構造の小さな違いを調べることになり、このような違いはネアンデルタールの言語の残滓であると考えられます。すでにこのような比較はサポートベクターマシンで行うことができ、また地域による言語構造の違いを見つけだすこともできます。パプアとオーストラリアの言語の違いはサピエンスとデニソワの接触の結果である可能性があり、現在のメコン-マンベラモ言語地域(東南アジア~西ニューギニア)の文法に複雑性が少ないのは、デニソワの言語と接触した名残だとする意見があります。フローレス島におけるオーストロネシア言語の単純化はフローレシエンシスとの接触の結果かもしれません。このような接触についてのコンピューターモデルを作り、現在の言語多様性を説明することができれば、仮説を検証できると思われます。言語構造のゆるやかな変化を想定し、前向きに言語の変化を検証し、出アフリカからの約60000年間に現在の言語多様性に到達するかどうか、ネアンデルタールやデニソワとの言語接触を仮定する必要があるかどうか、検証する必要があります。

結論(Conclusions)
 この論文では、ネアンデルタールとデニソワ、現生人類がほぼ同等の言語能力を持つという証拠をいくつか提示しました。これらの種は別の種とみなすのは適当ではなく、混交によって現在の遺伝子的、言語的な多様性が生まれたと考えられます。さらに、アフリカとアフリカ外、またはパプアとそれ以外・オーストラリアとそれ以外の言語構造を比較することで、言語の関連をきわめて古くまで追究できる可能性を示しました。人類の進化は非常に広範な要素が網羅的につながって進んでいると理解すべきであり、言語は、伝承あるいは伝播をもとにする非常に古い文化的進化の過程から作られたというべきだと思われます。この過程は現生人類・ネアンデルタール・デニソワで共有され、彼らの間における差はわずかであり、この見地は発声と言語の進化について新たな知見をもたらすものと思われます。
 現代的な言語と発声能力はネアンデルタール・デニソワとサピエンスの分岐以前にさかのぼり、50万年以上前のことになると思われます。このことから言語の多様性、生物学的な進化と文化的な進化の関係、現生人類の特徴、特に言語における進化の時間軸、ということについて、新たな課題が生まれています。

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まとめます。

 彼らが、言語の起源を50万年以上前とする積極的な証拠は、
・その時期に外耳~中耳の形態が会話に適した2~4kHzの音を聞き取りやすいように変化し、
・気嚢が消失し、発声のバリエーションが増え、
・胸部脊柱管が太くなり、発声に大切な細かい呼吸のコントロールができるようになった、
 という、会話に適した進化が急速に進んでおり、会話の文化的な進化に対して共進化を起こしたと考えられること。
 もうひとつは、
・語族を包括的にコンピューターで解析することで言語の基本構造を明らかにすることができ、それが非常に変化しづらいことを示し、
・それによると、現代の言語が、出アフリカ後の変遷だけでは説明できないほど多様性が高い可能性があること。
・また、パプアとオーストラリアの言語比較などにより、デニソワとの言語接触があったことを示せる可能性があること。
 であろうと思います。

 その他、遺伝子学的、発達学的、文化的な部分でこれまでの説の検討を行っていますが、「ネアンデルタールとサピエンスの遺伝子的な差は小さい」「ネアンデルタールとサピエンスで脳の発達過程に大きな差はない」「ネアンデルタールの文化は高度であり言語なしで達成できたとは思えない」というのは彼らの見解であって、解釈に幅のある部分です。当ブログの記事でも、・ネアンデルタールとサピエンスの間で差がある自閉症関連遺伝子について・サピエンスの乳児期に特異的に見られる脳の発達と言語との関連について・ネアンデルタールの文化はサピエンスと本質的に変わらないが少し遅れることについて、とりあげてきました。
 当ブログとしては、ネアンデルタール/デニソワと現生人類はコミュニケーションに差を生むほどの遺伝子的な違いがある、現生人類は言語発達のために特異的に脳の可塑性を発達させている、と考えています。しかし、その差はこの論文のいうとおり、量的な問題に過ぎず、言語があったかなかったかに関わるほどの大きな差ではないだろうと思います。

 言語の起源を考えるなら、いわゆる言語以前のコミュニケーションから言語がどのように成立したか考えなければなりません。文法や語彙をいくら追究しても、それだけでは文法以前、語彙以前の世界を描くことは不可能です。いっぽう、言語を越えたコミュニケーションについては、子供の発達の研究や霊長類の観察などから見地が大いに広がっています。遺伝子的にはFOXP2だけが異常に注目された時期もありましたが、知見が蓄積された現在は、言語に関わる遺伝子はそれこそ無数にあって、その微妙な差異の蓄積が漸進的な進化につながる、という理解になっています。
 シンボル化、再帰性、などのアイデアは言語学者から提示され、かなりの影響力を持っていましたが、その価値について実証的に検討されたとはいえません。文法や語彙の追究だけでは言語の起源には迫れないのですから、言語起源論に対するこれらの影響力は限定的なものととらえ、ネアンデルタールにはシンボル化がなかったから言葉はなかった、などという議論はいったんリセットして再検討すべきでしょう。
 発声・発語、聴覚、は語彙や文法よりも古いものです。ここに立ち返って検討すると、エレクトスからハイデルベルゲンシスにかけての時期に、発声のコントロールが精細になり、聴覚が会話にふさわしいものになった、ということが化石から見えてきます。なぜ、と考えると、会話のため、とするのが最も自然です。会話力のある個体が適応的に有利であり、そのため会話に適した発声と聴覚が選択されます。会話そのものは文化的に急速に進化し、発声と聴覚の遺伝子的な進化も会話の進化に引きずられて急速なものとなります。これが会話と発声・聴覚の共進化です。エレクトスの発声・聴覚の進化が急速であったから、そこに会話との共進化があったことが予測されるのです。
 ハイデルベルゲンシスの頃には発声と聴覚は完成しており、すでにこの時期に会話の基盤は完成していたのでしょう。そのころの言語がどのようなものであったか、推測はまだ困難です。ただ、おそらく部族ごとの交流は薄く、それぞれの部族はかなり違った言葉を話していたのではないでしょうか。音素も多く、文法は例外が多く、難解で複雑な言語であったと思います。この論文ではジェスチャーをあまり重視していませんが、特に視覚優位とされるネアンデルタールなどはジェスチャーに大きく偏った言語を持っていた可能性もあると思います。部族が小さいので部族内での共通の文化基盤は強固であり、いわずともわかる、以心伝心の部分も決して小さくなかったでしょう。
 ただ、サピエンスは、人口の増加とともに他部族との交流を避けられなくなってきます。そこでは違う言語の接触があり、文法などの単純化がおき、共通の文化基盤も脆弱になり、言語はおそらく曖昧さをはらむようになってきます。この変化は「表現力」という新しい需要を生み、そこに芸術の萌芽が出てきた可能性も考えられます。サピエンスはこうしてネアンデルタールやデニソワとは違い、よりコミュニケーションに強い遺伝子が選択され、社会脳を育てるために発達過程にも変化が置き、乳児期に大きく脳の形状を変化させるようになったと考えます。

 語彙の比較による比較言語学は10000年前までしか解析することができず、さらに年代をさかのぼるための新しい手法が求められています。この論文では、言語構造をデータとする、多数の言語のコンピューター的な比較解析に言及していますが、これは実に科学者的な手法です。
 言語学者である松本克己先生は、言語の最も基本的な性格を形作っているある種の構造的特質や文法的カテゴリーは、時代と環境の変化に逆らって、根強く存続し、このような特質を共有する言語は、かりに比較言語学的な観点からはその同系性を確認できなくても、もっと奥行きの深いところで何らかのつながりを持っている可能性がある、と述べています。そして日本語にもみられるいくつかの類型的特徴を挙げ、環太平洋言語圏という可能性を示しています[2]。
 これは言語学者による精緻な研究であり、大規模なデータ解析から得られるものとは別の視座から出てくるものです。松本先生は2007年の著書において、当時得られていた人類大拡散の科学的成果にもとづく考察も行っていますが、言語の起源については50000~60000年前の飛躍的な進化を想定しているようです。その後も先生は科学的知見をキャッチアップされていると思われますが、この論文のように、言語の起源を50万年前からの漸進的変化とし、ネアンデルタールやデニソワとの言語的な交流もあった、という説はどのように考えるでしょうか。
 現代の言語にネアンデルタールやデニソワからの言語的な残滓を見つける、という仕事が、言語学の方から出てくるか、注目されると思います。

参考文献
1)Dan Dediu, Stephen C. Levinson: On the antiquity of language: the reinterpretation of Neanderthal linguistic capacities and its consequences.: frontiers in PSYCHOLOGY 4:article397(2013)
2)松本克己:世界言語のなかの日本語 日本語系統論の新たな地平:三省堂(2007) このサイトにまとめがあります。

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