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fairyism備忘録

現状のところ、人類史および日本への拡散について管理者が学習してゆくブログです。

言語の起源~ネアンデルタールの言語能力を再考する、を読んでみる(前編)

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言語の起源~ネアンデルタールの言語能力を再考する、を読んでみる(前編)

On the antiquity of language: the reinterpretation of Neanderthal linguistic capacities and its consequences.
Dan Dediu, Stephen C. Levinson:frontiers in PSYCHOLOGY 4:article397(2013)

 ヒトの言語の起源にまだ定説はありません。少し前まで一般的に知られていた仮説は、現代人に匹敵する言語をもっていたのはわれわれホモ・サピエンスだけで、現代的言語が誕生したのも5~10万年前くらい前のことであり、ネアンデルタールはわれわれが使っているような言語を持っていなかった、というものでした。
 Max Planck研究所は学際的な人類学研究を行っている代表的な研究所ですが、そこから2013年にネアンデルタールの言語についての仮説が呈示されました[1]。最新の知見をふまえた上で、言語の起源は従来より10倍は古く50万年前に設定すべきで、サピエンスとネアンデルタールの共通祖先はすでに言語を持っており、当然ネアンデルタールも現代的な言葉をしゃべっていたはずだ、と主張しています。
 彼らはこれはまだ非常に議論の多いところで、解釈が対立する部分もある、としています。それでも彼らはかなりの確信をもって仮説を呈示しているように思われ、自説を検証する方法についてまで言及しています。
 基本的には論文に沿って、まとめます。原論文にある参考文献については省略します。
 
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 これまでネアンデルタールが言語を持っていないと思われていた理由を論文ではいくつかあげています。
・ネアンデルタールはサピエンスとは体格が大きく違い、頑強であったためにあまり知的だとは思われなかった。
・初期のmtDNA解析でネアンデルタールがサピエンスとは別種として良いほどの差があることが示唆された。
・化石から復元された声道と聴覚の構造がネアンデルタールとサピエンスで大きく違っているとされた。
・ネアンデルタールの文化に比べ、サピエンスの残した文化がはるかに優れていると考えられた。
 しかし、これらの主張はすでに古くなった仮説をよりどころにしているものもあります。例えば、アフリカで現代的行動が20~30万年前から少しずつ出現してきたことが示されたため、ヒトが5万年前に文化的進化の大爆発を起こした、という従来の説は否定的となっています。
 DNA全体の解析からは、サピエンスがネアンデルタールと混血していたことが明らかになっています。現代人にみられるネアンデルタール由来の遺伝子に多様性があることから、混血は数十人という小規模ではなく、数百や一~二千はあったと考えられており、この論文ではサピエンスとネアンデルタール、デニソワは別の種と考えるべきではない、と主張しています。
 文化については、ネアンデルタールの文化は本質的にはサピエンスに劣るものではない、とも考えられます(前々回の記事参照)。

 この論文では、遺伝子的にもネアンデルタールとサピエンスに大きな違いはない、としています。ヒトがチンパンジーと分かれてから大きく変異した配列は、ヒトをヒトたらしめている重要な配列と考えられ、HARs(Human Accelerated regions)と呼ばれますが、ネアンデルタールとサピエンスはHARsの91%を共有します。言語に深く関わるとされたFOXP2遺伝子の2つのアミノ酸変異は、ネアンデルタールにもあります。
 ただ、FOXP2の第8イントロンにある、発現制御に関わるPOU3F2と結合する部位はネアンデルタールとサピエンスで差があります。しかしこの変異は現代アフリカ人の10%にも見られるらしく、現代人のひとつのバリエーションとも考えられます。このような現代人のバリエーションとも捉えうる遺伝子の差は、他にもCNTNAP2(発声と言語に関わる)、MCPH1,ASPM(脳発達に関わる)、DRD5,MEF2A(脳発達における可塑性に関わる)、などいくつかあります。このようなものは、淘汰されて消滅しないくらいの軽微な差にすぎません。
 遺伝子的にはネアンデルタール・デニソワ・サピエンスはたいへん似ており、質的な差ではなく量的な差があるだけだと考えられます。ネアンデルタールもデニソワも現代人に匹敵するほどの言語能力があり、差があるとしても、音素の幅やしゃべる速さ、文法の複雑性、語彙の数などの量的なものにすぎなかったであろう、と彼らは考えています。

 サピエンスの子供は小さく生まれ、ゆっくりと発達する間に言葉を覚えていきます。ネアンデルタールの産道もサピエンスと同じくらいの大きさであり、おなじように新生児は未熟な状態です。
 ネアンデルタールの子供の発達は早く、言葉を獲得する時間が十分なかったのではないかとする意見があります。しかし、この論文ではネアンデルタールの出産間隔がサピエンスの狩猟採集民族と同様に3年おきであるということを根拠に、ネアンデルタールの子供の発達もサピエンスと同等かやや遅い程度であるとしています。80~96万年前のホモ・アンテセッサーにも同じような遅い発達が認められることから、これはホモ属に比較的はやく現れた特徴と考えられます。
 ネアンデルタールの頭骨を調べると最初の1年でサピエンスと発達が違うことが指摘されます(記事参照)。また、MEF2Aなど、脳発達における可塑性に関わる遺伝子で比較的近年に変異したと思われるものがあります。このことから、ネアンデルタールが言語を獲得できる期間がやや短かった可能性があることを彼らも認めています。しかし、全体としてみると発達の様子は相似しており、ネアンデルタールにも複雑な文化とコミュニケーションを継承するだけの時間は十分あっただろうと彼らは考えています。

 サピエンスの耳は他の霊長類と違って、特に周波数2~4kHzの音を聞き取りやすくなっており、これは会話に最適化されたものと思われます[2]。Sima de los Huesos(スペイン)の50万年前と思われる5体のホモ・ハイデルベルゲンシスの化石から、3D-CTによって外耳および中耳を復元した研究がありますが、彼らも同様に2~4kHzが聞き取りやすくなっており、この特徴はサピエンスとネアンデルタールが分かれる前からあったことが示唆されます。
 カフゼーとアムッドにおいてサピエンス化石とネアンデルタール化石を比較した研究においては、ネアンデルタールの耳小骨はサピエンスの多様性の範囲にあることが示されています。
 LiebermanとCrelinは1971年に頭蓋底の位置関係から舌骨の位置を推定し、ネアンデルタールは舌骨の位置が高く、現代人と同様の発音能力がなかったことを示しました。しかし、その後の研究では、骨格から舌骨の位置を同定することは難しく、舌骨の位置は低いとするほうが適当である、という反論が出されています。哺乳類の多くが、発声時には舌骨の位置を下げるため、平常時の舌骨の位置で発音能力の推定はできないという意見、また、ネアンデルタールの舌骨が高いと想定した発声モデルにおいても発音能力は現代人に匹敵する、という意見も見られます。
 この論文では「舌骨の位置が低いことの意味はこれまで過大評価されてきた」というFitchの見解を採用しています。[3]
 霊長類の多くは気嚢という気道に接続する空気の袋を持ちますが、これは出せる声の範囲を狭めるというデメリットがあるとされます。これはエレクトスとハイデルベルゲンシスの間に消滅したと考えられています。
 他に化石からは舌の運動をコントロールする神経が通る舌下神経管と、呼吸筋のコントロールを行う神経が通る胸部脊柱管の大きさがわかります。舌下神経管についてはチンパンジーもヒトと大差なく、あまり情報はありません(論文では触れていませんが、ホモ・ハイデルベルゲンシス以降は舌下神経管が大きくなっている、とする報告もあります[4])、胸部脊柱管はホモ・エレクトスである"ナリオコトメ・ボーイ"に比べ、ネアンデルタールとサピエンスでは明らかに大きくなっています。
 これらの聴力特性の変化および発声構造の変化は、すべてエレクトスからハイデルベルゲンシスの間に起こっています。
 言語の原型は歌であり、性選択によって進化した、という仮説があります。この論文では、言語の原型と仮定されるような歌を持つ動物モデルは社会的動物のなかに見られず、社会的動物は社会的コミュニケーションにより発声を学習していることを指摘しています。また認知学的には言語と音楽は区別されるもので、共通点であるピッチやリズムについては本質的なものではないとしています。ハイデルベルゲンシスの頃には会話に適した聴覚を身につけていたはずであり、言語の原型としての歌がもしあったとしても、100万年以上昔にさかのぼるはずだ、とこの論文では主張しています。

 ネアンデルタールの文化の評価については、「新人の革命(modern human revolution」という神話に陥らないようにしないとならない、とこの論文では警告しています。ヨーロッパにおいてはネアンデルタールからサピエンスに移行した時期に文化の大発展があったように見え、ヨーロッパで始まった人類学的な研究は、この時期に飛躍的な文化の大革新があったとする説が長年支配的でした。最近の研究はこのような考えを大きく修正しましたが、「新人の革命」説の影響は根強く、ネアンデルタールの文化は過小評価される危険が大きいとこの論文では指摘しています。
 ネアンデルタールのムステリアン文化における複雑な石器制作は、階層的で再帰的な計画が必要で、言語を操るのに十分な能力を示唆するという意見があります。ネアンデルタールは寒冷の地で火を活用し、衣服を作り、大型動物を計画的に狩猟し、埋葬やボディペインティングや薬草の利用までしていました。
 考古学的な証拠から言語能力を推定することは多数行われてきましたが、ネアンデルタールに絵画や交易や飛び道具、漁労がなかったからといって、それを言語の不在に結びつけることは正当ではないと思われます。近代の狩猟採集民族も、近代的文化と接触するまではこのようなものはほとんど持っていなかったからです。シンボル化の証拠は、実際には化石にはほとんど残りません。12000年前にアメリカに移住したサピエンスも、ヨーロッパの上部旧石器文化にあったようなシンボルの遺跡を残していません。このことから、シンボル化は言語においては、さほど重要なものといえないのではないかと思われます。
 また、20万年前に誕生したとされるサピエンスが、ヨーロッパに進出する5万年前までなぜ豊かな物質文化を作り得なかったのか、ということも問われるべきであろうと思われます。10万年前ころのレバントにおいては、ネアンデルタールもサピエンスもほぼ同等の文化を持っていました。ひとつの答えは、サピエンスもネアンデルタールも潜在的には高い文化的能力を持っており、サピエンスが出アフリカをしたときの人口増加によって、はじめて躍進が引き起こされたとするものです。
 ネアンデルタールとサピエンスは脳のサイズがほとんど同じです。ネアンデルタールは後頭葉が大きく視覚野が発達していたと考えられ、認知がやや視覚に依存していた可能性は考えられます。Dunbarは新皮質のサイズが社会的能力と比例すると考えましたが、そこから導き出されるネアンデルタールの群の個体数は、視覚野と身体の大きさでマイナス修正したとしても115人であり、近代の狩猟採集民族の144人に比肩します。
 ネアンデルタールはヨーロッパにおいてサピエンスと接触したとき、文化の一部を取り入れたと考えられ、フランスの移行期文化であるシャテルペロニアンは、ネアンデルタールのムステリアンおよびサピエンスのオーリナシアンの混合になっています。認知能力は発明の能力よりも、文化を模倣し受容する能力で測る方が適しているとされ、ネアンデルタールの認知能力がサピエンスの文化を受容できるほど十分高かったことがうかがわれます。
 近代の狩猟採集民族も、ネアンデルタールと同等か、あるいはそれより単純な物資しか持っておらず、タスマニアやティエラ・デル・フエゴなど辺境の地でその顕著な例が見られます。このような状況は人口の多寡によって説明できるものです。ネアンデルタールは一説には進入してきたサピエンスの10分の1しか人口がなく、ネアンデルタールは常に人口密度が非常に低く、局地的な絶滅と再集合を繰り返していたと考えられています。少ない人口では伝えられる文化の複雑さも限られており、文化や技術の発展が阻害されていたと思われます。
 一般に、多数の人が話す言語は、集団間でコミュニケーションを取る必要から単純化する傾向にあります。逆に小さいグループ内での言語は特殊な音素や不規則性の高い文法など複雑さが残存しています。この論文では、ネアンデルタールの言語は現代の小規模な伝統民族の言語のように、音素は非常に多く、語形と文法は複雑で、不規則性が高く、単語数は10000程度であっただろうと予測しています。また、脳の発達に関わる遺伝子であるASPMとMicrocephalinにおいて、現代の声調言語(tonal language)と非声調言語(non-tonal language)の話者集団でバリエーションに違いが見られるという研究があり、このことからネアンデルタールの言語は声調言語であったかもしれない、と推測しています。

 人類の進化を概観すると、そこには高い知性や生物学的な特性があったかのように錯覚しがちです。しかし、人類の文化は条件が整っていたときに限り一歩一歩進んできた、その積み重ねにすぎません。時間的な余裕、親からの教育、健康、適切な競争など、条件が揃っていたところでだけ文化は進みました。ヨーロッパに進出したサピエンスがネアンデルタールより優れた文化を持っていたのは、18世紀にオーストラリアに上陸した西欧人のように、ただそれまでの条件に恵まれていただけにすぎません。

 以上の考察をふまえ、ネアンデルタールの持っていた高度な文化を考えれば、ネアンデルタールが言語を持っていなかったということは考えられない、とこの論文では主張しています。

 このあと、かなり長い「結論」があるので、そちらの方は次回にします。すみません。

参考文献
1)Dan Dediu, Stephen C. Levinson: On the antiquity of language: the reinterpretation of Neanderthal linguistic capacities and its consequences.: frontiers in PSYCHOLOGY 4:article397(2013)
2)Jeff Rodman: 会話音声の明瞭度における帯域の影響: http://www.polycom.co.jp/content/dam/polycom/common/documents/whitepapers/intelligibility-of-conversational-speech-wp-ja.pdf
3)スティーヴン・ミズン: 歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化: pp322: 早川書房(2006) に聴覚器の発達についてまとめられています
4)Kay RF et al.: The hypoglossal canal and the origin of human vocal behavior.:PNAS 95: 5417(1998)

 

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