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fairyism備忘録

現状のところ、人類史および日本への拡散について管理者が学習してゆくブログです。

ことばの発達が、ヒトの頭を丸くした

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ことばの発達が、ヒトの頭を丸くした

 前回の記事で、現生人類は特徴的な球状の脳を持っていること、それが新生児の最初の1年で作られることを見ました。この特徴的な球状化は、Globularity、と呼ばれています。前回はそれを前頭前皮質の発達と結びつけましたが、やや安易にすぎたかもしれません。
 前頭前皮質は脳の各所から情報を集めて、より高次な思考や行動に結びつける、いわばヒトをヒトたらしめている脳と言われます。そのため、現生人類は前頭前皮質を特徴的に発達させたのではないか、という意見は多数見られます。ところが、すくなくとも脳に占める前頭葉の割合については、霊長類と人類で大差ないことがわかっています。霊長類もヒトも前頭葉は脳の35~38%程度です[1]。これではヒトが特徴的に前頭葉を発達させたとはすくなくともサイズ的には言えません。
 もっとも前頭前皮質の白質に限れば、ヒトにおいて脳に占める割合が他の霊長類より大きいとする報告[2]もあります。また相対的なサイズが変化していなくても絶対的なサイズは増大しているのだから、やはり前頭葉がヒトの進化において重要であった、とする意見もあります。

 しかし、霊長類との差ではなく、ごく近い親戚であるネアンデルタールとの差を考えると、サイズの差はほぼない(またはネアンデルタールの方が大きい)ので、形状の差を考えなければならないことになります。そしてこの、脳の形状の差は前回の記事で見たように0歳から1歳になるまでの1年間でだいたい決まるのです。
 最初の1年で、脳はどこが発達しているのでしょうか。脳神経細胞は最初に数を大きく増やし、神経細胞同士を接続するシナプスを盛んに伸ばし、それから使われない神経細胞やシナプスを消滅させる、というプロセスで発達します。無数の神経細胞とシナプスを用意して、環境との相互作用で選ばれたものだけが残ります。こうして環境にふさわしいネットワークができあがります。
 これを模式的に図示するとこうなります。


[3]より改変

 感覚運動皮質に関しては生後すぐから盛んにシナプスの剪定が行われます。生後1年で大きく数を増やすのは頭頂葉および側頭葉であり、前頭前皮質についてはピークが3歳くらいと少し遅れます。
 この図だけ見れば、現生人類における生後1年の脳形態の変化は、頭頂葉と側頭葉が大きく増大するためのように思われます。しかし現生人類は前頭前皮質の発達を遅らせることでより高い社会的な認知を達成したと考えられており、この遅れがむしろ形態の変化に影響を与えていると考えることもできるかもしれません。
 実際の脳容量についての研究も、MRIを用いたものが多数報告されています。0歳から25歳までの日本人男女114例をもとにした報告によれば、脳容量の変化は下図のようになります。


[4]より改変

 ここから見る限り、前頭葉と側頭葉の大きさのピークにあまり明白な差は見いだせません。旧人化石と現生人類の頭蓋骨の比較によれば、前頭部の長さはホモ・エレクトスと(ネアンデルタール&現生人類)の間で差があり、頭頂部の長さはネアンデルタールと現生人類の間で差があるようです[5]。
 現生人類の脳の球状化は、頭頂部が増大したことによる影響が比較的大きいように思えます。ただ、球状化は頭頂部の増大によってのみ起こっている現象ではありません。現生人類においては前頭葉・側頭葉・頭頂葉それぞれの発達に本質的な変化が起こっており、その表現として生後最初の1年で全体的な球状化を見せる、と考えるべきなのだろうと思います。

 ヒトの子供は、1歳の誕生日を迎えるころに初語が出現します。首もすわらない、まったく無防備な新生児が、周囲からの言葉を頼りに音を覚え、最初の12ヶ月で最初の言葉を獲得するのです。
 胎児期にすでに母親の声を覚え、自国語の韻律を学習します。6ヶ月以降に自国語で聞き分けるべき音素やその配列規則について学習し、自国語にない音素の聞き分けは逆にできなくなります。しかし、このように音の認識を自国語向けにチューニングすることが、以後の言葉の発達にたいへん重要であることもわかっています[6]。神経細胞やシナプスの発達および剪定の結果、言語機能が発達し、また不要なものを切り捨てていると考えられます。
 脳のなかで言語に関連しているとされる部位は、言語野と呼ばれますが、運動性言語野と呼ばれ言葉の産生に関わるブローカ野は前頭葉に、感覚性言語野と呼ばれ言葉の理解に関わるウェルニッケ野は側頭葉に、文字の情報や比喩表現に関わる角回・縁上回は頭頂葉にあります。いわゆる言語野だけでも、その中心は前頭葉・側頭葉・頭頂葉に分散しているのです。


(Wikipediaより改変)
 ヒトの脳に特徴的な最初の1年で見られる球状化は、前頭葉・側頭葉・頭頂葉の大幅な発達によるものと考えられます。この球状化が、最初の1年で大幅に伸びる言語機能と関連していると考えるのは当然の発想と言えるでしょう。

 見たものを言葉にするときは視覚の要素が働きますし、ものの名前を思い出すときは記憶のシステムが関与します。言葉をあやつるためには言語野だけでなく脳のさまざまな部位を連携させて働かせなければなりません。そのため、言語機能においては各部位の発達だけでなく、部位ごとをつなぐ連携の発達が非常に大切になります。
 球状化した脳のほぼ中央に位置し、各所と密接にコネクションし、言語機能に深く関わっているのが視床(thalamus)です。
 視床からは視床と連絡する神経線維の束である視床放線がのびています。視床放線は前・後・下・上があり、大脳皮質との連絡はほぼ全域におよびます。また、視床の周囲には大脳辺縁系があり、視床から視床下部の乳頭体を経由して視床をぐるりと回る脳弓を経て、感情をつかさどる扁桃体や記憶を担当する海馬と接続します。視床の位置とその接続の概要を図示すると以下のようになります。



[7]を参考に改変(矢印の向きについては一部不正確かもしれません)
脳内での視床の位置についてはwikipediaより引用

 親や他の個体から言語を学習している動物は、ヒトの他にはクジラとトリだけとされます。そのためトリの脳は言語学習のモデルとして深く研究されており、言語を表出する回路はヒトとトリで類似していることが指摘されています。そして、トリにおいて視床は言語学習に必要な部位であることがわかっています[8]。

 ヒトの視床を言語学習において重要な部位とみて、現生人類が言語学習能力を得たことを、前頭葉-視床-頭頂葉の連絡を中心に、形態学的および遺伝子的に検討した論文が、The shape of the human language-ready brain[9]です。
 彼らは言語学習能力に関して、視床が重要と考える理由を6つ述べています。
・視床は脳のちょうど中央に位置し、大脳および小脳は視床と緻密な連絡がとりやすいように、視床の周囲に球状に発達するように進化してきたと思われること。
・感覚信号の中継点として視床は重要であり、視床からの信号が大脳皮質の機能分化および高次感覚機能の局在化を誘導する遺伝子の発現に関与していること。
・視床は、言語機能に関わる大脳皮質や基底核、および扁桃体をはじめとする大脳辺縁系を中継しており、また言語に関わる遺伝子であるFOXP2の主要な発現部位であること。
・神経言語学的な研究において視床が構文と意味の表出をつかさどる部位と考えられていること。
・視床の特に背内側核および視床枕(≒視床の後部)の障害が、統合失調症、自閉症、認知症、うつ、言語ワーキングメモリ障害などの言語障害をもたらす疾患の原因になること。
・視床には皮質から発生した信号波をコントロールすることで、何か特定のものに注意を向けられるようにする働きがあること。これはとりわけ言語を獲得するときに重要であると考えられること。(親や周囲のヒトがしゃべる言葉は非常に雑多で不足しているのに、子供がちゃんと言葉を獲得するのは、雑多な情報を適切に選択して身につけるシステムが先天的に備わっているためと考えられます。このシステムがlanguage-ready brainであり、このために視床の注意を調節する働きが非常に重要だと彼らは言っているのだと思います)。
 また、彼らは脳形状の変化、あるいは言語機能に関わるとされる遺伝子で、ネアンデルタールあるいはデニソワから遺伝子的な変異があったものについて検討し、USF1 RUNX2 DLX1 DLX2 DLX5 DLX6 BMP2 BMP7 DISP1という遺伝子を選び出し、それぞれ検討しています。USF1は神経線維の可塑性に関与しており、他の遺伝子は頭蓋・脳・視床の発達に関与しており、これらが遺伝子変異を見せていることは、言語発達に関わる脳神経回路について旧人から現生人類の間で何らかの変化があったと考えてよいと思われます。
 前頭葉-視床-頭頂葉の連絡は、何かに注意を向けるシステムと、海馬と皮質をつなぐ記憶のシステムの統合であるそうです。この連絡がもたらす、適切に注意を向けて記憶に入れていく仕組みが、おそらくは言語獲得の主体なのでしょう。これが現生人類に言語を与え、その証拠は脳の形状や遺伝子に現れていると考えられます。

 視床の後方は視床枕と呼ばれますが、ここには、視覚を処理する外側膝状体と聴覚を処理する内側膝状体が並んで存在しています。現生人類はもともと視覚野の処理に使われていた部分を縮小して、残りを言語の処理にあてている可能性があるそうです。盲人には超高速スピーチを聞き取れる人がいますが、彼らの視床枕は視覚処理に使われないかわりに言語処理を大幅に発達させているという研究があります。
 一方ネアンデルタールは、眼球が大きく、後頭葉の視覚野が大きかったと推定されています。視床枕の視覚処理が優勢であれば、言語処理は比較的弱かったと考えることもできるかもしれません。
 ヒトの言語はネアンデルタールと分岐してから誕生したとすれば、その進化史はせいぜい50万年です。数億年前から進化してきた視覚処理は言語処理に比べて完成度が非常に高いと論ずる人もいます[10]。そろばん名人の脳内そろばんや、将棋棋士の脳内将棋盤など、達人は視覚処理を用いて常人には達し得ない高度な計算処理を行うことが知られています。このような視覚処理は言語に比べて高速かつ正確で、ゆらぎの少ないものです。視覚処理という高速かつ正確な処理系が優位であったために、ネアンデルタールには柔軟性が少なかった、ということはありえるかもしれません。
 また、ヒトは脳の可塑性を高めて高度な社会脳を得たと考えられますが、可塑性というのは一方で脳の恒常性保持とは相反するものです。そのためヒトは新規のことに対応する力を得た代わりに、技術や記憶をとどめておくのが比較的苦手となり、一方ネアンデルタールは、視覚処理で得られた記憶を高度に保持する脳を持っていたのかもしれません。
 このようなネアンデルタールはどのような人々でどんな社会を作っていたのか、またヒトはなぜネアンデルタールのようにならずに、言語と社会脳を身につけたのか、次回さらに考えていきたいと思います。

参照
1) K.Semendeferi et al.: Humans and great apes share a large frontal cortex (nature neuroscience 5:272(2002))
2) P Thomas Schoenemann et al.: Prefrontal white matter volume :is disproportionately larger in humans than other primates (nature neuroscience 8:242(2005))
3) B.J.Casey et al.: Imaging the developing brain:what have we learned about cognitive development? (TREND in Cognitive Sciences 9:104(2005))
4) Chiaki Tanaka et al.: Developmental Trajectories of the Fronto-Temporal Lobes from Infancy to Early Adulthood in Healthy Individuals (Developmental Neuroscience 34:477(2012))
5) Emiliano Bruner: Geometric morphometrics and paleoneurology:brain shape evolution in the genus Homo (Journal of Human Evolution 47:279(2004))
6) 入來篤史 編: 言語と思考を生む脳 シリーズ脳科学3 東京大学出版会(2008) pp41-56
7) 伊藤隆 著: 解剖学講義 南山堂(1983)
8) 岡本仁 編: 脳の発生と発達 シリーズ脳科学4 東京大学出版会(2008) pp25
9) Cedric Boeckx et al.: The shape of the human language-ready brain (frontiers in PSYCHOLOGY 5:Article282(2014))
10) 入來篤史 編: 言語と思考を生む脳 シリーズ脳科学3 東京大学出版会(2008) pp116
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